ソーシャルワーカーは、そこで暮らす人たちが、支えあって暮らせる仕組みや人と人との関係をつくる役割を担っています。
今治市社会福祉協議会で活躍中の木村玲奈さんは、どんなことが起きても簡単には折れない、たくましさを持つ女性。
自分の暮らす地がどんな場所になってほしいのか、そこにどんな人たちが住み、どんな支援を必要としているのかを常に考え、求められている支援を行うために、とことん悩み抜く。目の前に大きな壁があるなら、乗り越えるための策略を練りに練る。まっすぐに生きる姿勢が、とても魅力的です。
今回は、木村さんの現場経験からみえてきた、これからのソーシャルワーカーが目指すべき姿と、その心意気をご紹介します。
目に見えない、人と人とのつながりをつくっていく
社会福祉協議会とは、さまざまな福祉ニーズに応えるために各都道府県、市区町村に設けられた組織。子どもから高齢者まで、あらゆる世代の生活課題に対応し、地域のつながりの再構築に向けてさまざまな事業や活動をすすめています。
例えば、学校と協力して小学生を対象にバリアフリーについて考える授業を行い福祉の心を育んだり、ボランティア派遣、災害対策、小地域のつながり、介護に関する課題解決など、生きづらさを抱える人たちに目を向けて支援するとともに、どの人にとっても暮らしやすい地域をつくっています。2025年には、日本は人口の4人に1人が75歳以上となる超高齢化社会を迎えます。必然的に介護サービスの利用者は増え、サービスの提供者が不足してしまうことが予測されています。そういう時代に備えて、地域で助けあえる仕組みをつくっているのが、木村さんのような社会福祉協議会のソーシャルワーカーです。
誰もが、住み慣れた場所でお互いが助けあえる関係をつくること、人と人とを結びつけたりすること、生活しやすいサポートをつくり出すこと、そのサポートを担う人材を発掘すること、さらに地域の中にある老人クラブや自治会などの各団体のつながりを再構築する…と、さまざまな仕事があります。そして木村さんは、「地域について何でも話し合える場」となる"協議体(住民会議)"をつくるために奔走しています。
「地域の中で、少しでも困っていることがあれば住民同士で相談できる人間関係を築き、互いに助けあえる仕組みを次の世代へ受け継いでいくことが当面の目標です。顔を知らないからといって、関わりあわないことが日常化してしまうと、"孤独死"につながる可能性も高くなります。だから、私たちソーシャルワーカーが『こんな地域にしたい!』という目標を持って、一つひとつの地域をデザインしていくことが大事だと思います。」
困ったことがあれば協力しあうことが当たり前だった時代を経て、今では、隣に暮している人の顔や名前を知らないことや、若い人たちが暮らす住宅街の中に高齢者がぽつんとひとりで暮しているということも、めずらしいことではありません。高齢者だけに限らず、ご近所との交流がなければ、子育てをする中で悩んだり、災害が発生するなど、自分の身に何か起きたときに頼れる人がいない、ということになってしまいます。そういった課題を解決するためには、目に見えない人と人とのつながりをつくり、助けあえる地域が必要です。
木村さんのスケジュールをのぞいてみると、関連機関やスタッフとの打ち合わせでいっぱいです。第2層生活支援コーディネーターとともに、地域の強みについて話し合ったり、情報収集のために関連機関に訪問をしたり。ときには、地域づくりを理解してもらうための講座や、地域での仕組みづくりや活動を担ってくれる人材を発掘するためのイベントを企画することもあります。
フットワーク軽く、地域を飛び回る
そして、支えあえる地域をつくっていくためには、話し合いの場を設けて住民の意見を聞くことが何より重要です。
「言葉の裏に隠された課題もきっとありますから、世代の違う私たちが高齢者の困りごとを実感することは、とてもむずかしいことだと思うんです。だから、職場では『自治会の会合などにどんどん足を運んで、その地域で暮らしている人たちの顔を見て生の声を聞くんだよ!』と伝えています。地域に行って、生の情報を知っておくことは、その地域の方たちの考えや特性を理解する上で欠かせない要素です。また、言葉にならない感情というものは、相手の表情からしか見抜けません。地道にその地域を訪れて、暮らす人たちと顔の見える信頼関係を築いてこそ、本音で話をしてくれるようになるんじゃないかと思っています。」
NPO、自治会、老人クラブなど、地域で活動をしている団体は数多くあります。けれど、ソーシャルワーカーとはいえ、知らない人が突然訪れて、こんこんとドアをノックしても、簡単にその扉を開いてくれるわけではありません。木村さんは、どのように信頼関係を築いているのでしょうか。
「例えば、老人クラブの展覧会におじゃまして、今考えている計画をさりげなく伝えることもあります。相手がいる場所へ伺えば、公式の場で話すよりもざっくばらんに話すことができて、その人が見ているもの、感じていることがわかります。同じ目線に立つことで共感を生み、一緒に前進できるきっかけになると思うんです。こちらの意図がちゃんと伝われば、とても協力的に動いてくださいます。その代わり、私もパソコンを使った資料づくりのお手伝いをしたり。もちろん、すべてがそんな風にうまくいくわけではないので、団体さんによっては、何度も足を運ぶこともあります。」
ソーシャルワーカーは、フットワークの軽さと柔軟性がなければ、つとまらない役割なのかもしれません。風のように軽やかに、さまざまな場所を飛び回る木村さんですが、もちろん、落ち込むことだってあります。けれど、どんな状況であっても、伝えるべきことがあるならば誠実に伝える。木村さんは、ソーシャルワーカーとして、できる支援を見出して、実行に移していく責任感が人一倍強いのかもしれません。
現場は、次につながるアイデアに満ちている
木村さんは、社会福祉協議会に就職する前は介護施設で介護福祉士として活躍。そして、入職後も介護福祉士としてデイサービスや訪問介護などの経験を積んできました。その中でも、木村さんの視野を広げたのが、ホームヘルパー(訪問介護)の仕事でした。
「利用者さんの自宅では、家事のほかにも、生活をする上で基本的な動作がしやすいように環境を整えます。あるホームヘルパーが、利用者さんが食事に使っているテーブルの上に、電子レンジを置いてはどうかと提案したんです。立ち上がったり、ちょっとした身体の移動が負担になる利用者さんだから、そうすれば自分で食事の準備ができるから、と。いろんな見方があるので、どれが正解とは言えません。けれど、その人の生活に沿った柔軟な発想を見て、ホームヘルパーが生活の中で培った"経験"が、こんな風に生活支援の"専門性"として活かすことができるのだと思ったんです。」
「さらに、ホームヘルパーは利用者のご家族との関係づくりもすごく上手。福祉の分野で大切だと言われる"声なき声を聞く"ことが、とても自然に行われていて。私がそれまで得ることのなかった、たくさんのノウハウを持っていたんです。」
その経験から、ホームヘルパーの仕事は家事だけにとどまらず、広い範囲での援助が可能だと感じたのだと言います。日常の中でさりげなく起こったことも、見落とさずに吸収する。介護の現場で培ったことが、今、ソーシャルワーカーという仕事に活きているのです。
"地域が動く瞬間"がきっとある
身近に利用者がいる現場で、同僚と助け合いながら地域を走り回る経験を積んで、木村さんは、2014年に社会福祉協議会本局の地域福祉課へ異動。福祉活動専門員として、地域住民の相談を聞いたり、調査活動からその地域の福祉課題を把握し、課題解決に向けた支援を手がけていました。 地域福祉課に配属されたばかりの頃は「介護サービス利用ではない、地域住民の方へ向けたソーシャルワークとは、どんなことを指すのだろう?」と、考え続けていたと言います。
「介護サービスでは、専門的な技術を用いて介護をして、利用者個人との関係を築いた先に、『ありがとう』という言葉をいただくことがありました。しかし、地域福祉の対象は、個人ではなくて住民全員です。その地域がどんな課題を抱えていて、何を実施すればいいのか、その実施内容は本当に効果があるといえるのか… 地域住民の方へ向けたソーシャルワーカーとしての専門性とは何なのか、着任したあとも私の中で曖昧なままだったんです。」
そうした日々の中で、上司に教わった"地域が動く瞬間がある"という言葉。はじめは理解できなかったけれど、この言葉の意味を実感したのはやはり現場でした。行政機関から委託を受けて建物の管理をしていたある地域団体と行政との間で行き違いが起こってしまい、その団体が「管理をやめる」と言い出したことがありました。しかしその建物の運営が立ち行かなくなると、近隣の高齢者の方たちの拠点が失われてしまうことになります。木村さんが、そのことについて協議する会議に参加すると、そこには気まずい空気が流れていました。
「日々集っている高齢者の方たちの生きがいを失いたくなかった。もちろん、住民の皆さんの意見を尊重すべきですが、高齢者が楽しみにしている場所なのだという事実をここで伝えなければ、きっと後悔してしまうと思ったんです。だから、勇気をふりしぼって会議の場で発言しました。『今は、孤独死という課題もあります。いつ、誰にそのタイミングが訪れるのかは誰にもわかりません。けれど、亡くなる瞬間に "あぁ今日もここでみんなと話せて楽しかったなぁ"と、思い出せたなら、きっとご本人も幸せなのではないでしょうか』、と。そうすると、場の空気が一変して。地域の方が『もう一度やってみよう』と言ってくれたんです。『これが、"地域が動く瞬間"だ!』と、うれしかったのをおぼえています。」
地域で暮らしている人たちの中にはさまざまな声があり、できる限りいろんな思いを集約して福祉サービスとして反映していくことが必要とされます。けれど、その過程の中で、合意がとれないまま行き詰まっているときには、ソーシャルワーカーが架け橋となって話を進めることもあります。そうすることで、冷静に経緯を振り返ったり、メンバーが持っている力や役割がいかに他の人の役に立つかを知ったり、そして何より、人と人、互いを大切にする思いを共有できるのです。ソーシャルワーカーとして地域の課題に取り組み始めたばかりだった木村さんの熱意が住民に伝わった瞬間でした。」
「また、今治市内に住んでいる方の声を聞くために、家庭訪問をすることもあります。けれど、誰もがウエルカムな雰囲気ではありません。そして、その人の要望に今すぐに応えられないことだって、多々あります。」
「それでも、"声にならない声を聞く"ことが私たちの仕事で。以前、子ども食堂を開きたいと相談に来られた主任児童委員さんがいました。地域に対して、すごく愛情を持っていらっしゃって。対話を重ねるうちに、子ども食堂が必要だと感じておられる背景には、住民同士の関わりや交流の少なさが要因のひとつだとわかったんです。だから、地域の関係者を集めて何度も話し合いを重ねました。」
「その中で、昔は地域全体で子どもを育てていく文化があったこと、その精神が今でも皆さんの中に生き続けていることがわかって。そして、その思いを強みとして活かして、同じ世代の子どもを持つ親、先人の知恵を持つ高齢者たちが集い、関わるすべての人が役割や生きがいを持てるような場づくりを目指しています。最初は、事業として仕組みをつくることは難しいとの話もありましたが、事業化という枠にとらわれないでもっとシンプルに思いを具現化していくこと、そして、地道に地域の方の声を聞いて実現に向けて行動していくことが、ソーシャルワーカーとして大切なことだと改めて実感した体験でした。」
これからは、ソーシャルワーカーが企業をも動かす
介護の現場、人との関係、地域が目指すべき方向性。その地域が、どんな特徴を持っていて、どんな町を目指すのか。どんなことで困っているのだろう?そのために必要なことはなんだろう?ソーシャルワーカーの仕事は、今ある人・もの・ことを生かして、形になっていないものをつくる、とてもクリエイティブなものだと思います。そして、そこには"正解"はありません。だから常に、目の前で起こることに真摯に向き合い、何ができるのかを徹底して考え抜き、トライしていく。
「目の前にいる人の話にじっくりと耳を傾けて、その人のことをとことん考え、求められていることに誠実に応えていくことが、"福祉"だと思うんです。自分のためではなくて、人のために行動すること。それが、まわりまわって自分に返ってくると思うから。」
そして、ソーシャルワーカーにとって大切なのは、"福祉"という領域にとらわれない広い視野なのだと、言葉を続けます。
「"福祉"は、そこに暮らす人たちだけのものではないんです。例えば、地域に根づく企業なら、町の情報をたくさん持っていて、新しいアイデアが出てくるかもしれませんし、資本力があれば事業化をするときに協力してもらえるかもしれない。つまり、ソーシャルワーカーに必要なものは、"福祉"という枠にとらわれないで、"地域"そのものをつくっていくという発想だと思うんです。」
だから、木村さんは地元の企業経営者の方たちとのネットワークも大切にしています。経営者と話ができれば、福祉分野だけにとどまらない観点で、福祉サービスのあり方について考えることも可能になります。さらに「こんなことをしたい」と思ったときに、相談に乗ってくれる人が多ければ多いほど、解決のスピードもぐっと速くなります。
「今の社会は、大量生産でものがあふれ需要より供給が上回っています。そして、生活ニーズの変化にともない、人々が求める"豊かさ"が多様化しています。そんな時代だから、企業としても消費者のニーズに応えるためには福祉的な視点が必要だと思うんです。だから、お互いに地域住民の方との広い人脈や情報網を持っておくことが実はすごく重要で。これからは、『ソーシャルワーカーが企業を動かす!』くらいの気概を持つべきだと思うんです。それがきっと、地域を動かすことになると思うから。」
かっこつけないで、まっすぐな言葉で伝えればいい
木村さんは、ご自身の仕事を通して、どんな"今治市"になることを目指しているのでしょうか。
「慣れない場所で赤ちゃんを育てるお母さん、透析を受けながら働く人、年金をもらいながら生活をしている高齢者など、地域に暮らす人たちはさまざまな事情を抱えています。どんな人たちも安心して暮らしていくために、ソーシャルワーカーがいます。みんながあいさつを交わし、少しずつお節介をしながら助け合い、笑顔で暮らすことが普通の地域にしたい。この社会から、"無関心"をなくしたいんです。そうすればきっと、一人ひとりが、自分の人生に意味を持つことができると思うんです。」
木村さんは、後輩や実習に来た学生からも"あきらめない人"だと言われるほどの粘り強さの持ち主。その根源は、どういったところにあるのでしょうか。
「自分の都合ではなくて、自分以外の誰かのために考えたり、行動することこそが、私たちソーシャルワーカーの仕事だと思うんです。正解はないから、その時どきに相手が何を求めているのかを判断して、行動を起こしていく。一人ひとりが唯一無二の存在で、その人の生き方を大事にしたい。だから、本当に必要とされている支援を実行するためには、ときには誰かが先に進まないと、何も動かないじゃないですか。だからいつも、「ひとりになっても続けるぞ!」という気持ちを持っているのかも。」
そして、ソーシャルワーカーとして「どんな人材を求めますか?」という質問には、「人間味のある人!」との答えが返ってきました。
「後輩たちには、『きれいな言葉で語らなくていいんだよ!』ということを伝えています。どんなにきれいな言葉を並べても、心がこもっていなければ、人の心に響きませんから。人と人とのコミュニケーションにおいて、その言葉が本当に心に残るのかを考えてほしい。だから、『もっともっと、人間味があっていいんだよ!』と、いつも言うんです。喜びも悲しみも苦しみも、全部つまった言葉が、きっと人の心を動かすものだから。」
テキスト・写真 山森彩 2018年2月14日
今治市社会福祉協議会 木村 玲奈(きむら れいな)
社会福祉士。東海大学を卒業後、介護老人施設にて3年間勤務したのち今治市社会福祉協議会に就職し、デイサービス、訪問介護などを経験。介護職の中でもハードだといわれるホームヘルパーの仕事をする中で、地域の中で助けあえる関係を仕組み化することが必要であると考えるようになる。2014年からは生活支援コーディネーターとして働き、関連団体や行政機関と連携を取りながら実習指導者の受け入れも積極的に行っている。
http://www.imabari-shakyo.jp