学校検索

子ども、お母さん、先生。みんなの気持ちに寄り添い、つながりをつくる人。

堺市教育委員会 スクールソーシャルワーカー
久山 藍子

社会福祉士  NPO  スクールソーシャルワーカー  学校 

スクールソーシャルワーカーって、「スクールカウンセラーとは違うの?」「聞いたことはあるけれど、どんな仕事なの?」と思った人が多いのではないでしょうか。

スクールソーシャルワーカーとは、ひとことで表すならば、学校を基点に子どもたちやその家族が抱える課題を解決する福祉の専門家。

今回、お話を伺ったのは、高校生の頃から“お母さん”というニックネームがつくほど友だちから頼りにされる存在だったという、堺市スクールソーシャルワーカーの久山藍子さん。

そんな久山さんの日々を追いながら、スクールソーシャルワーカーの仕事をひもといていきます。

子どもたちの背後に広がる景色をみつめる

スクールソーシャルワーカーは、小中学校をベースに、子どもをとりまく家庭環境や生活している地域の特性などを把握し、それぞれが抱える課題を福祉の専門性を活かして解決を目指す仕事です。

「子どもの頃から、友だちの相談を聞くことが多くて。漠然と「子どもの相談にのれるような職業に就けたらいいな」と、ずっと思っていました。」

久山さんは、大学で児童福祉を専攻し、学童保育のアルバイトなど、経験を重ねる中で「小中高生が成長する中で抱える悩みに寄り添いたい」と、より具体的な夢を持つようになります。そして卒業後、留学を経て大阪市内のNPO法人に就職し、社会人2年目のときに堺市のスクールソーシャルワーカーとして採用されました。

ここで、久山さんの日々の業務をのぞいてみましょう。スクールソーシャルワーカーとしての活動は、週に2日。それ以外の時間は、大学の講師や新卒時代から在籍しているNPO法人で仕事をしています。

このような1週間を過ごす中で、スクールソーシャルワーカーは、子ども自身のケアだけではなく、子どもの保護者や家庭にもアプローチし、学校の先生をはじめ必要なら役場や保健所などの関係者たちとともに課題解決への道を探っていきます。

「例えば、学校で問題を起こしてしまった小学生のAくんのお母さんがAくんとの関わり方に不安を感じていたとします。その不安が原因で学校の先生に対しても攻撃的になってしまっている。そんなときは、お母さんの気のすむまで本音を打ち明けてもらって、どのようにAくんと向き合っていけばいいのかを話しあうこともあります。」

「また、役所や児童相談所に対して苦手意識のある保護者もいらっしゃいますから、第一にお気持ちに寄り添うこと、そして、お母さん自身が頼れる人をまわりにつくって、孤立しないように福祉制度とつないでいきます。お母さんと本音で話せる関係を築いていくことは、とても重要です。」

また、保護者との関係づくりで重要になってくるのが、学校の先生から子どもや家庭の状況を共有してもらうこと。その情報をもとに、先生や関係機関とともにどうしたら子どもとその保護者が望む生活を送ることができるのかについて作戦を練ります。思いや感情をうまく言葉で表現できない子ども自身のケアだけではなく、その背景にある家庭の状況などにアプローチし、子どもと家庭と学校とまわりの人たちの風通しのいい関係を築いていきます。

例えば、ひとり親家庭で育つ子どもが、仕事で帰りの遅い保護者と一緒に過ごす時間が少なくて、心が不安定になってしまったり、保護者が経済的なことで困っていることがあるかもしれません。そういった場合、子どもと保護者にどのようにアプローチして、子どもが健やかに育つ環境をつくっていくのか。そこには、福祉的な観点が必要です。母子家庭が活用できる制度を知らないシングルマザーのお母さんには、スクールソーシャルワーカーがお母さんと一緒に区役所へ行って相談し、必要な制度の手続きのお手伝いをすることもあります。

友だちでも、家族でも、学校の先生でもない。だからつくれる、ちょうどいい関係

けれど、スクールソーシャルワーカーとはいえ、子どもやその家族にとっては"他人"である久山さんが、本音を話せる関係を構築し、必要な福祉の制度や生活を支える機関とつないでいくということは、たやすいことではないと思います。どのようにアプローチしていくのでしょうか。

「やはり、学校の先生との連携が欠かせません。学校で把握しているそのお子さんの情報を徹底的に共有してもらって、保護者と会う機会を探ることから始まります。学校に来られたときがいいのか、家庭訪問をしたほうがいいのか。また、学校の先生は、家庭の事情まで踏み込んでいくことは立場的に難しいですし、保護者の方が学校に対して警戒心を抱いていることもあります。」

「だから、私はスクールソーシャルワーカーという福祉の専門職であり、学校の教職員ではないことを知ってもらって、安心してもらった上で家庭にアプローチしていきます。この最初の"つなぎ"の部分が、今後いい関係をつくっていけるのかどうかを決める重要なポイント。だから、最初のきっかけになる学校の先生方とスクールソーシャルワーカーの連携はとても重要なんです。保護者とお会いするきっかけができたら、今度は安心していつでも相談にのれる環境をつくっていきます。」

こうした動きは、久山さんや学校の先生だけでつくるものではありません。久山さんは、堺市の家庭児童相談室などの関係機関と連携をとって、課題解決に向けた行動を展開していきます。久山さんが協力しあう家庭児童相談室とは、虐待などの子どもに関する課題が生じたときに、保護者の相談に乗り、サポートする機関です。

久山さんは、学校が持っている情報と家庭児童相談室が把握している情報を収集して、福祉の支援を必要としている子どもや家庭に働きかけます。子どもや家庭に寄り添いながら、関係者が協力しあって、子どもにとって安心して育つことのできる環境を整えていくのです。久山さんは、チームの人間関係を構築するキーパーソンとしての役割も担っているのです。

「行政や福祉のサービスを利用していなかったり、知らないということもあるので、必要な関係機関や制度とつなぎ直すことになります。その過程で、子どもや家庭に変化が見られることにはやりがいを感じますね。」

子どもの頃から描いていた、夢の仕事

まっすぐな瞳でこう語る久山さんですが、"子どもの役に立ちたい"という夢を抱き続け、まっしぐらにこの道に進んだわけではありません。大学生の頃、実習で訪れた場所で、思い描いていた世界とは違う現場を目の当たりにして、夢をあきらめかけたことがありました。

「高校生の頃から憧れていた職業で、実習先でも子どもと関われてうれしいと思っていました。けれど、訪れた現場の仕事は想像とはかけ離れていて、『この仕事はできないかもしれない…』と一度あきらめかけたんです。」

この先どうすればいいのか…将来の自分の姿に悩んだ久山さんは、大学を卒業後、先進的な児童福祉が行なわれているカナダへ留学します。

「カナダの児童相談所に『ボランティアをさせてください!』と飛び込みました。現地のソーシャルワーカーさんは、はつらつとしていて、のびのびと仕事をしていたんです。『あなたもソーシャルワークの勉強をしているんでしょう?ソーシャルワーカーって世界一すてきな仕事よ!』という言葉に、ハッとしたんです。やっぱり私は、子どもに関わる仕事がしたいんだ、と。」

そう再認識した久山さんは帰国後、スクールソーシャルワーカーの制度ができたことを知り「これこそが、私のしたい仕事だ!」と縁を感じて、働きながらもう一度勉強に励み、スクールソーシャルワーカーとしての第一歩を踏み出したのです。

スクールソーシャルワーカーのまなざし

スクールソーシャルワーカーとして活動する中で、こんなこともありました。学校でトラブルを起こしてしまったCくんと、そのお母さんのケース。

「Cくんのお母さんは、私と同い年ということもあってか、リラックスしてお話をしてくれて。実は、Cくんのお母さんはご両親がいなくて、幼い頃は子どもだけで生活をしていたのです。「親の愛情を受けたこともないし、子どもに手をつながれると違和感すらあって。Cくんとどのように関わればいいのかがわからない」と打ち明けてくれて。「経験がないことなのだから、わからないよね」とお話を聞きながら、どうしたらご自身なりの母性みたいなものを感じてもらえるかな、などと定期的にCくんのお母さんとお話するようになったんです。」

「その数ヶ月後、Cくんが運動会のリレーで一生懸命走っているようすを見たお母さんが、「最下位だったけれど、Cが最後まで一生懸命走っている姿を見て、涙が出たんです」とおっしゃったんです。家に帰ってから、Cくんを抱きしめてあげたと。すごい変化ですよね。それに、お母さんがCくんをほめてあげるのが苦手ならば、学校でいっぱい愛情を注いであげよう!と先生たちもCくんに積極的に関わるようになってくれて。みんなが変わっていったんです。」

「その後、Cくんは転校してしまったのですが、私が赴任した先で再会したんです!そのときも、"課題の多い家庭"との引き継ぎがありました。けれど、先ほどのエピソードを先生方にお伝えしたら、大事に関わってくれるようになって。Cくんは、いきいきとした表情をして卒業していったんです。すごくうれしかったですね。」

子どものようすだけ、お母さんの対応だけ、学校での過ごし方だけ。それだけではわからないこともあります。子ども、家族、先生たちの話を聞いて全体を把握し、様々な視点から、そしていろんな人の力を借りながら働きかける。スクールソーシャルワーカーは、それによって子どもや親がもともと持っている力を引き出し、勇気づけ、支える仕事です。そんなスクールソーシャルワーカーである久山さん自身が感情に流されてしまったり、心のバランスを保つのが難しくなることはないのでしょうか。

「大学生の頃、お世話になっていた先生が「君はスクールソーシャルワーカーに向いている。くよくよ悩まないし、人から聞いた話をひきずって落ち込んだりしないから」とおっしゃってくれて。その先生は、私が卒業してから2年後に亡くなられたんです。だからいっそう、その言葉が心に残っていて、その気持ちに応えられるように行動したい。私の中で、とても大切な指針になっているんです。」

一に行動、二に行動!地域の人たちをも巻き込む行動力

福祉の専門的な立場から、地域にアプローチしていくことも久山さんの役割のひとつです。

担当する学校に、全校のほぼ1割の生徒が日常的に遅刻をしているというところがありました。先生たちは、遅刻する生徒たちに毎日電話をして起こしたり、場合によっては自宅まで迎えに行ったり…。遅刻の原因として、決まった時間に起床して、朝ごはんを食べて、歯を磨いて着替えをして登校する…という生活習慣が身についていないことが考えられました。

そこで、久山さんがサロン活動をしていた地元の自治会に働きかけて、学校の中に、生活習慣を身につけることを目的に、希望する生徒なら誰でも参加できる「子ども食堂」をスタート。地域の有志の方たちが、月に一度、朝ごはんをつくってくれることになったのです。また、歯磨きの習慣がなければ、虫歯の罹患率も高くなります。そういった背景を踏まえて、近隣の歯医者さんが食事の後に歯みがき指導をしてくれるようになり、さらに近所のドラッグストアが歯ブラシを提供してくれるようになりました。学校と地域が一体となって行動した結果、「子ども食堂」の開催日には、なんと遅刻がゼロになったのです。

「ボランティアに来られる住民の方たちと子どもたちが顔見知りになってあいさつを交わすようになると、困ったときに声をかけあえる関係が生まれます。地道に長く続けていくことで、地域がひとつになって、子どもたちとその家庭を見守り、育てる環境をつくっていくことができると思うんです。」

"世界一すばらしい仕事"だと、心から思う

久山さんは、常に"前に出ない存在でいよう"と心がけています。

「スクールソーシャルワーカーは常駐していない場合が多いので、、私がいなくても成り立つ先生と子ども、保護者との関係をしっかりと築くことが重要です。だから、保護者や関係機関との窓口には、なるべく先生に立ってもらうようにして、子どもが悩んでいたら常駐のスクールカウンセラーさんにつないだりして。スクールソーシャルワーカーの存在は必要だけれども、私個人がいないと困る状況にはならないよう、常に心がけています。」

スクールソーシャルワーカーの久山さんにしかできない仕事だけれど、久山さん個人に頼りきってしまうと、他の学校に異動になったときに、保護者や先生たちが自走することがむずかしくなってしまう。壁のない関係はつくるけれど、絶対的な存在になってしまわないように。

特に、学校の先生の場合、世界的に見ても業務量が多いため学校組織の中だけでこのような課題解決のアプローチをしていくことは難しいといいます。スクールソーシャルワーカーがいなくても学校と関係機関がうまく繋がって、家庭や子どもにアプローチしていける体制をつくることが重要なのです。自分がいなくなった場合を想定し、常に未来を想像しながら、目の前の状況をクリアにしていく。とても地道な仕事なのです。

ちなみに、現在、スクールソーシャルワーカーの仕事は週に2日。久山さんは他の仕事と兼務しながら活動をしています。また、地域によっては国家資格が採用条件のひとつだったり、そうではなかったりと、スクールソーシャルワーカーの要件そのものもさまざま。だからこそ、新しい働き方の提案や、その人らしさを生かしたソーシャルワークを実践できる余地がある、という見方もできるかもしれません。そして、これまで伺った久山さんのお話から、これからますます必要とされる仕事であることは明らかです。

「学校の関係者の中ですら、スクールソーシャルワーカーの知名度が低いんです。だから、多くの人にスクールソーシャルワーカーの存在を知ってもらって、学校には福祉の専門家であるソーシャルワーカーが欠かせないという認識が広まればいいなと願っています。各学校にひとりは常駐している体制になれば、学校で抱えきれずにいる課題に、迅速に対応できますから。」

被虐待児の生徒がいる、発達障害があるけれど病院や福祉機関との連携がなされていない…。見過ごされてしまいそうな課題も、学校の中に福祉の専門知識を持った人がいれば早期に気づき、地域や関係機関との協力体制をつくることができるのです。スクールソーシャルワーカーは、困っている子どもがいたら、先生や保護者が一人で抱えこまずに話し合う環境をつくる。そうして、チームや地域の基盤をつくっていく。スクールソーシャルワーカーを求めている人は、もっともっとたくさんいるのではないでしょうか。

「支援を必要とする子どもやその家庭の変化に寄り添っていける、すごくやりがいのある価値のある仕事だと思います。そこに誇りを持って、スクールソーシャルワーカーを目指す人が増えればすごくうれしいです。今、現場にいて、”世界一すばらしい仕事”だと、心から思っていますから。」

テキスト・写真 山森彩 2018年1月24日

ほかの記事も読む
一覧へ戻る