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司法や福祉、あらゆる領域を超えて、つながりを広げるソーシャルワーカー。

松江保護観察所 社会復帰調整官
原 敬

社会福祉士  精神保健福祉士  社会復帰調整官  司法 

社会復帰調整官は、司法の領域で働くソーシャルワーカー。

精神障害を持つ人が、病気や環境に強く影響を受けた状態で重大な罪を犯したとき、社会に復帰するまでの道すじをご本人とともに描き、サポートする役割を担っています。

例えば、子どもが大人になっていく過程では、たくさんの人たちと関わりを持って成長していきます。私たちは、いつも誰かに助けてもらって生きている。そういう成長の過程と、ちょっと似ている。

今回ご紹介するのは、社会復帰調整官の原敬さん。

ソーシャルワークの未来の話を交えながら、社会復帰調整官の仕事についてお聞きしました。

裁判所での審判から社会に復帰するまで。すべての過程を見守る存在

司法の仕事というと、警察官や弁護士といった職業をイメージする人が多いのではないでしょうか。社会復帰調整官とは、法務省が全国に設置している保護観察所所属の国家公務員。保護観察所は、非行や罪を犯した人の立ち直りを支援する組織です。

2005年に施行された医療観察法では、”心神喪失または心神耗弱(注釈1)の状態で重大な他害行為を行った者”に対して、その精神状態を改善するために、適切な医療を受けられるようにして対象者の社会復帰を進めることが制度として設けられました。

そしてその法律に基づき、適切な医療の提供や生活する場所の調整など、対象者が地域社会に復帰するためのコーディネートをするのが、保護観察所の社会復帰調整官です。

注釈1    精神障害のために、自分のしていることが善いことか悪いことかを判断したり、その能力に従って行動する能力がなかったり、著しく劣っていること

ここで、原さんが提示してくれた架空の例をみながら、社会復帰調整官の仕事をひもといてみましょう。支援対象(以下、対象者)となった統合失調症をもつ男性Aさん。実家暮らしだったAさんは、ある日、「母親が家から自分を追い出そうとしている」という幻聴が聞こえ、自分の身を守るためにとっさにお母さんに暴力をふるってしまいます(統合失調症には、おもに幻覚や妄想という症状があります)。お母さんは大けがをしてしまい、Aさんは逮捕されます。

その後Aさんは心神喪失の状態で事件を起こしたと認められ無罪となり、医療観察法による医療が必要かどうか、裁判所で審判を受けることとなります。その審判のために、精神科医が医療観察法鑑定を行うとともに、社会復帰調整官は、Aさん本人や家族からヒアリングをして、どんな環境で暮らし、どんな生活をしていたのか、生活環境の調査を行います。これらをもとに審判が行われ、医療観察法による医療が必要となったら、社会復帰調整官は対象者の社会復帰を目標とした関わりをスタートします。

「Aさんの入院治療が始まったら、ご本人や家族と定期的な面接を行います。病院の医師、看護師、心理士、精神保健福祉士、作業療法士と協議を行い、治療状況の把握をします。また、地域の保健師、障がい福祉サービス事業所の相談支援専門員らとケア会議を行い、退院後のAさんの生活のサポート体制を整えていきます。」

退院後も原さんの関わりは続き、原則として3年間の通院期間中、対象者が適切な医療や支援を受けられるよう見守ります。医療機関、保健所、障がい福祉サービス事業所などの多機関多職種チームをコーディネートするのも社会復帰調整官の役割です。

「審判から通院が終わるまでの間、一貫してAさんと関わっているのは、社会復帰調整官だけなんです。医療観察法による、いわば強制的な医療が終了したあとも、Aさんが主体的に必要な医療や支援を受けることができるよう、Aさん本人とAさんを取り巻く環境に働きかけることを心がけています。」

対話を重ねることで見えてくる、人となり

社会復帰調整官となって5年目になる原さんは、以前は、医療ソーシャルワーカーとして13年間総合病院に勤務。入院している患者さんやご家族から、医療費や退院後に必要な介護サービスに至るまで、生活にまつわるさまざまな相談を聞き、患者さんが望む生活が送れるよう、社会福祉の立場からサポートをしてきました。

のちに、医療とは独立した形での仕事をしたいという思いもあって、社会復帰調整官に転身。この仕事でも支援の対象は、前職と同じように精神障害のある方たち。けれど、以前と違うのは、罪を犯した人たちでもある、ということ。事件の背景をまったく知らずに、その一点だけを見れば、私には、怖くてきけんな人だと感じてしまいます。原さんも、例外ではなかったのだそう。けれど、本人と対話を重ねていく中で見えてくることがあるのだといいます。

「対象者が罪を犯した人となると、やはりはじめは戸惑いはありました。でも、対象者と関わり、対話を重ね、その人となりを知る中で、『最終的にそうせざるを得なくてこういう結論になってしまったのか』と、腑に落ちる瞬間があるんです。」

同じ人間としてわかりあえる部分、そして共感できること。人は、誰かと向き合うとき、今、目に見える状態から判断してしまうもの。社会復帰調整官には、専門的な知識はもちろんのこと、感情にとらわれない判断力と、冷静にものごとに向き合う姿勢が必要なのかもしれません。

「病気や障害があるから、というフレームで見るから特別なことだと感じてしまうのだろうけれど、誰でも、追い込まれたら激しく怒ってしまう可能性はあります。病院に勤務していた頃、ある精神科医から異常と正常の境界は、実はあいまいだという話をよく聞いていて。異常と正常の境界は、国の文化や生きている時代によって異なるものなのだから、人それぞれ違っていて当然のことだと思うんです。」

とても気さくな人柄でありながら、言葉をひとつひとつ慎重に選ぶ丁寧な話しぶりが印象的な原さん。ここまでお話を聞いていると、社会復帰調整官は、常にピンと張り詰めた日々の中で過ごしているように私には見えます。冷静さが求められる仕事の中で、原さんが心を動かされる瞬間はどんなときなのでしょうか。

「罪を犯した本人が、自分がしてしまったことの重大さやその理由に気づいて、この先、同じような状況に陥らないようにするために対処方法を学ぶ過程を見守る中で、その人自身が変化したり成長する姿に心を動かされることがあります。対象者が、前向きに次のステージへ向かっていけることはとてもうれしいものです。」

ぶつかりあいから生まれる、新たな価値観

チームの中で仕事をしていると、医療関係者の視点、退院後に対象者を受け入れる地域としての視点など、それぞれの立場から発信される意見や考えがあります。そして、どの意見も間違っていないけれど、ほとんどの場合、どれが正解ということもありません。そういう異なる価値観の中で、信頼しあえるチームを築いていくこともまた、社会復帰調整官としての仕事。

「分野が違う人間が集まっているからこそ、ひとりでは生み出せない未来を描ける瞬間があるんです。『この人にはこういう支援が必要だから、そのためにみんなで協力していきましょう』と、前に向かっていけるときはうれしいですね。また、対象者との関わりの中で、双方が自分らしさに向かっていくことを経験できる関係性はすごくいいなと思います。」

そして、自分とは異なる専門性や価値観を持つ人たちと話すことによって、ソーシャルワーカーとして自分が大切にしているものの輪郭が明確になったり、それを改めて知る機会になることも。さまざまな価値観をコーディネートしていくことも、ソーシャルワーカーの重要な役割です。

「上下関係があると、上にいる人の意見が強くて、下にいる人の意見が弱いという対等ではない関係が生じてしまう。まだまだ課題はあるけれど、いろんな立場や考え方の人が、もっとフラットに対話ができる場が増えればいいなと思います。」

社会の仕組みそのものをデザインする

罪を犯した精神障害者が社会復帰をするまでの道のり。そこには、たくさんのステップがあります。その過程で関わる人々は、司法や医療、福祉の関係者だけではありません。対象者の家族、友人、地域の人々。社会復帰調整官は、対象者が社会復帰に向けてますます関わりが必要となるだろう人たちとの関係をつむぎ、彼らがこれから社会で歩む道をともにつくっていきます。

「障害や貧困という何らかの事情を抱えていて、やむをえずに犯罪をしてしまった人たちには、監視ではなく支援が必要だということに多くの人が気づき、行動をはじめています。」

そういった考えのもと、原さんは今、地元で、弁護士や社会福祉士など、司法や福祉関係の仲間たちとともに、仕事以外の場所でも積極的に活動をしています。司法と福祉の領域がつながり、支援の幅を広げていきたいという思いがあるからです。このような取り組みはこれまで地元にはなかったものでした。

「弁護士や社会福祉士、精神保健福祉士の仲間たちとともに、支援を必要としている人たちを支えられる仕組みをつくっていこうと話をしています。全国的にはもちろん、私の活動拠点である山陰地方や島根にもまだその支援体制がないので、まずはここからはじめてみようと。」

例えば、原さんが取り組んでいる活動のひとつに"WRAP(ラップ/元気回復行動プラン)"というものがあります。もともとは、アメリカの精神的な困難を持つ方たちが考え出した、自分をいい状態に保つためのプログラム。

「WRAPは、あるがままの自分で他者とつながることで、自分を見つめ直し、自分らしく生きるためのきっかけを得ようというワークショップです。WRAPは私のソーシャルワーク感覚に大きな影響を与えた活動であり、私のソーシャルワーク活動の一部だと思っています。」

社会全体を見渡せば、支援を必要としている人がたくさんいる。日々、社会に隠れている課題をみつけ、その解決策を考え、創り出す。それもソーシャルワーカーの仕事なのでしょう。

「例えば、私が取り組んでいる活動のひとつに、ピア(=仲間)サポートというものがあります。一般的には、同じ症状や悩みをもつ仲間たちが、自身の体験を語り合い、回復を目指す取り組みをピアサポートというのですが、私は、同じ症状を持っていなくても、対等な関係ならばピア、つまり仲間として一緒に解決を目指すことができるんだと思うんです。だから、そういうフラットな関係を築いていけるような"場"を社会の中につくっていきたくて、「きらりの集い」という全国規模のイベント開催の準備を進めています。」

少し遠い存在に感じていた、社会復帰調整官という職業。精神に障害のある、罪を犯してしまった人たちの、審判から社会復帰への道のりを支援し続ける仕事をしながら、その中で原さんが感じた、人々の困難を改善するために仲間とともに取り組む。社会にある資源をいかして、誰かが必要としている仕組みを生み出していく。できる人が率先して、まだ見たことのない、新しい価値を見出していく。そういうしかけをつくっているのだと捉えれば、社会生活を営む私たちとは、切り離して考えることのできない仕事なのだと思います。そして、ソーシャルワーカーは、社会の仕組みそのものをデザインする役割を担っているといえるのかもしれません。

「私のソーシャルワーカーとしての仕事は、"社会復帰調整官"という職業の範ちゅうで完結するものではなくて、私の生き方の道しるべです。司法や福祉という隔たりを超え、異なる分野の人たちとの交流を通じて化学反応を起こせば、多様な価値や個性が活かされる社会、つまり、自分を含む多くの人たちにとっても生きやすい社会につながると思うんです。」

テキスト・写真 山森彩 2018年1月12日

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